mistake
あーあ、やっちゃった・・・・と自分でも思う。 薄暗い夜の時間帯の真っ盛り。 寝るのは夜と決めているアリスが本来なら夢の中にいるはずの時間に、ぼんやりと目を開けていた。 別にこれといった理由もなかったが、ただ単に眠れなかっただけ。 (身体は紛れもなく疲れ切ってるし。) こいつのせいで、と半ば本気で睨み付けた先には、ウサギ耳の青年がぐっすり夢の中にいる。 腕を枕としてアリスに提供してすっかり眠りこけている姿は、まるでこの国の実力者、ハートの城の宰相様には見えないあどけなさだ。 アリスの知っているペーター=ホワイトの姿。 アリスにしか見せないペーター=ホワイトの姿だ。 「・・・・はあ」 自然とアリスの口からため息が漏れる。 アリスがこちらに残ってから、ペーターは前以上にアリスにべったりになった。 昼の時間帯も夕方の時間帯も暇さえあればアリスの側にくっついている。 というか、暇じゃないはずなのにくっついている時もあるものだから「嫌いになる」とか「構ってあげない」とかの切り札の台詞を持ち出して仕事に追いだしたことも1度や2度ではない。 そして夜の時間帯には必ずアリスを抱く。 側にいることを確認するように、丁寧に丁寧に。 指を絡めてしっかりと捕まえて、髪の一房まで口付けるようにペーターはアリスに触れる。 うっかりしたら、酷く愛されていると錯覚してしまいそうになるほどに。 「・・・・はあ。」 もう一つため息を零した時、ペーターが目を開けた。 「どうしました?アリス。」 少し眠気を残した赤い瞳に見つめられて、鼓動が一つ高鳴ったのを自覚してアリスは苦笑した。 「なんでもないわ。」 「・・・・でも、眠っていないです。」 「ちょっと眠れなかっただけよ。」 大したことじゃないように言ってやればペーターは不満そうに顔をしかめた。 「だったら起こしてくれればよかったのに。貴女が眠れないのならいくらでもお相手します。」 「・・・・これ以上お相手してくれなくて結構だから。」 不穏な響きをすっぱり切って捨てるとペーターは少し笑ってアリスを引き寄せた。 時に冷酷に、けれどアリスには何処までも甘い赤い瞳が見えなくなった代わりにペーターの温もりが頬に触れる。 カチカチと時を刻む音がどこからか聞こえた。 「アリス・・・・アリス。」 「なに?」 抱き寄せられているせいでくぐもる返事を返しながら、アリスは自分の顔がペーターに見えなくなっていることに感謝した。 (きっと気づいてないんだろうけど、こいつの場合「好きだ」とか「愛してる」とか言われるより名前を呼ばれる方が甘いのよね。) 何度も何度も確かめるように縋るように紡がれる名前は、アリスが中身がないと感じている愛の言葉よりずっと愛しまれているような気にさせる響きを持っていて。 だから。 「アリス・・・・」 「ん・・・・」 降ってきた唇を受け止めてしまう。 唇にペーターの熱を感じると胸が締め付けられるように痛くなったのはいつからだったのか。 もうわからなくなってしまったし、どうでもよくなってしまったあたり、やってしまったと思う。 「愛しています、アリス・・・・」 アリスの髪に顔を埋めて囁かれても頭の冷静な部分が「それは違う」と否定する。 けれど同時にそんなことはどうでもいいとも思うようになってきていた。 恋愛感情だろうがなんだろうが、ペーター=ホワイトにとってアリスは唯一の望みだ。 他人に異常だと言われてしまうほどにアリスを求め、必要としている。 だからアリスはいつの間にかペーターに恋してしまった。 言葉の何十倍も大切だ、必要だと語る指先に視線に惹き付けられてしまった。 (・・・・やっかいな男よね。) 真っ黒で、真っ白。 寂しがり屋の白ウサギ。 「・・・・・・・・・・はあ。」 こぼれ落ちた何度目かのため息に、ペーターが不安そうに眉を寄せるのを見てアリスは微笑んだ。 やってしまった、と思う。 普通の人と、必要に迫られたらそれなりの恋をする程度の予定だったのに、恋をしてしまった。 とんでもなく面倒な男と、とんでもなく面倒な恋を。 ―― でも 「ペーター」 名前を呼んでそっと髪に触れるとペーターがぴくりと震えた。 その反応がなんだかウサギじみていて、余計に微笑みながらアリスはペーターの唇に触れるだけのキスをする。 面倒な男に面倒な恋。 ・・・・それでもそのすべてが愛しいんだという気持ちをこめて。 (結局は、そういうこと。) 他のことでは殴り飛ばしたくなるぐらい無神経な所もあるペーターはキスした途端に、きょとんっと目を見開いて耳を立てて。 その後、それはそれは幸せそうに微笑んだ。 (・・・・結局は、ね。) こうやってペーターが幸せそうに笑うから。 「アリス、大好きです。」 そう言いながら顔中にキスを降らせてくるペーターに手を回しながら、アリスも笑った。 ・・・・それはそれは、幸せそうに。 ―― あーあ、やっちゃったと自分でも思うけど、それでも意外と後悔はしていないらしい。 〜 END 〜 |